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僕はこうしてカウボーイになった

これは、一人の青年がカウボーイになった人生の記録である。

第1回 I am a trainee!!

第2回 Legend of the Twin Falls

第3回 ランチ生活の始まり

第4回 カウボーイの姿

第5回 開発と開拓

第5回 - 開発と開拓 

藤川 勇 著
 1979年 愛媛 生まれ

三月に入り、ようやくフィードも終わりに近づきかけた頃、スペイと呼ばれる新たな仕事が始まった。

午前のフィードを終え、コーラルに行くと、遠くからカウボーイが牛の群れを引き連れてこっちに向かってくるのが見えた。200頭前後はいるだろうか。日本では200頭というとかなりの数になるが、多い時には1500頭近くのキャトルドライブになることもあるこのランチでは、200頭でも少ないほうだといえる。

「レーイー」
「ハッハッ、イッシャッシャッシャー」

カウボーイが牛追いをするときに発する、奇声にも似た独特の声が聞こえてくる。

牛は人の気配を感じればコーラルなど狭い場所には入ろうとしないので、僕はしばらくの間、物陰に身を潜めて待つことにした。

先頭の牛がコーラルに近づく。牛が逃げないように、それぞれがゲートを中心に配置に付き、コーラルへと牛を追い込んでいく。緊張する瞬間だ。

先頭の牛がゲートをくぐると、残りの牛も一気に入っていった。

僕もカウボーイに混じって牛をコーラルに入れたが、もちろん、このころはまだ馬には乗らせてもらえてないので、地面の上で両手をジタバタ振ったりしているだけで、とても「牛を追っている」とは言いがたかった。

牛が無事に入ったからといって安堵している暇などはない。僕たちは、すぐさまソーティング(選別)に取り掛かった。

スペイは雌牛の卵巣除去のことで、これは牛の品質維持の為に行われる。

牛の肉質の良し悪しは血統によるところが大きく、雑種は子供を生んでも価値が低い。また、若牛が妊娠すると出荷ができなくなり減収に繋がる。このような事を未然に防ぐ為にも、雑種や良い肉質を期待できない雌は早めに卵巣を取り除き、妊娠できないようにするのだ。費用は掛かるが種の固定は確実にできるので、大量に飼育する場合や管理が難しい環境などでは、メリットの方が多い。去勢も同じような理由だが、去勢の場合は雄を雌化し、肉質を向上させるねらいもある。

スペイや注射など牛に何か施す作業のことをプロセスと言うのだが、それらはほとんどの場合コーラルと呼ばれる囲いの中で行われた。スペイは、まずそのコーラルの中で牛のソーティングをすることから始まる。

まずは、コーラルに入れた雌牛を、繁殖用と肥育用に分けることから始めた。そして、それが終われば、繁殖用はそのまま砂漠に帰し、肥育用だけをコーラルに残す。今度は、その中からランダムに5頭を引き離し、その5頭をタブ(コーラル内に仕切られた部屋のひとつ)に入れ、そこから1頭を離しシュートまで追いこみ、捕らえたところで手術に入る。こういった作業は、日本にはないので想像し難いかもしれないが、とにかく、この工程までが全て僕の仕事だ。ソーティングは、場合によってはかなり体を張った仕事になるが、牛がまだ小さい分、スペイでのソーティングは比較的楽な方だった。

スペイが始まった。まずはシュートに入れられた牛に電極を付け、暴れないように電気を流す。その後は、バリカンでわき腹の毛を刈り、消毒をし、切開して卵巣摘出。

獣医は、なんの躊躇もなく腹を切開し、手を突っ込み、卵巣をハサミで除去し始めた。見ていてなんとも痛々しい。牛は電流で痺れ、暴れることはないが、かなり辛そうだ。たまに口から泡を吹いている。人間だと、到底この痛みに耐えることはできないだろうが、牛は手術が終わってシュートを明けてやると、何事もなかったかのように、みんなスキップのような足取りで出て行った。施術は2〜3分もあれば終わり、一日で150〜200頭施した。

牛も大変だが、コーラルでの仕事は、人間にとってもかなり大変な仕事である。

放牧されている牛は限りなく野生に近く、時には人を襲うこともある。狭いコーラル内で、そういった牛を体一つで追い詰めていくのだ。スペイのときではないが、実際に、僕は何度か牛にタックルされ、吹っ飛ばされた。少なくとも一回の作業につき二、三度蹴られることは覚悟しなければならない。とにかく経験が浅いうちは、牛を上手く誘導することはできない。コーラルでの仕事は危険が伴いタフさが要求されるのだ。カウボーイはよく「タフ」という言葉を使うが、コーラルはその「タフ」さが見られる場所でもあるし、自分のタフさをみんなに証明する場所でもあった。

スペイは数日置きに行われ、2週間ほど続くのだが、僕にはスペイをしない日のためにパスチャーの掃除という新たな仕事が課せられた。

スペイを終えた牛は、パスチャーを出て、荒野での生活に入る。牛のいなくなったパスチャーは、春から秋にかけて潅水し、牧草を栽培することになるのだが、僕がこれからやる掃除は潅水に向けての準備の一つだ。

パスチャーには、小枝や梱包用の紐、牛骨などが散乱し、地面にはところどころ食べ残した藁が堆積している。これらは今のうちに取り除いておかないと、収穫時の機械の故障や減収量の原因となる。

来る日も来る日も広大なパスチャーをひたすら歩き、ゴミを集めて回った。

生命の存在すら疑いたくなる荒野。そこから聞こえてくる音はまるで耳鳴りのようだった。時折風の声が聞こえる。広大なパスチャーの掃除をしていると、地球の掃除をしている気分にさせられた。

牛骨が散らばっているのは、冬場の寒さに耐えられず死んでいく牛がいるからだ。冬場は最高気温ですら零下の日が多く、朝は-20℃に達する日もあった。

死んだ牛はすぐさまコヨーテが喰い骨と化す。発見すればその日のうちに谷底へと投げ捨て、廃棄するが、溝や茂みに隠れているものは気付かない。それらをこういった機会にすべて回収するのだ。(コヨーテは狼とは違い臆病で人間を襲うこともなければ、生きた牛を襲うこともほとんどない)谷底は屍の山だった。

そんなある日、ランチにうれしい来客があった。協会職員だ。

カウボーイを除き「人間」に会うのは久しぶりだったのでうれしい。しかも日本人だ。さらに農場に入って以来、初めての休憩も貰えた。これなら毎日でも訪ねてきて欲しい気分だ。


コヨーテ

職員は初めにボスの家を訪れたらしいが、ボスはいなかったそうだ。いつも、ボスにはあらかじめ文書で連絡してから訪ねるらしいが、毎年留守にしているという。なんともボスらしい応対だ。ボスにしてみれば「そんな暇はない」といった感じなのだろう。

ありがたいことに、職員は手土産を持ってきていた。開けてみると、なんとローストチキンが入っている。しかもケースのバドワイザーまで。事件だ!僕はここにきて一度もチキンを食べたことがない。別にチキンを買う金がないわけではないのだが、少ない給料でやりくりするには我慢するしかなかった。それに、ランチからは牛肉を好きなだけ貰えるので、わざわざスーパーで肉を買ってまで食べる気にはなれなかった。

最後の旅行のためにお金を貯めたかった僕は、飽きもせず365日牛肉を食べ続けた。贅沢に聞こえるかもしれないが、これはこれでキツイ。もちろん、帰国後すぐにメディカルチェックを受けたことは言うまでもない。ちなみに、アメリカにいた間で一番恋しかった食材は「茄子」だ。なぜか無性に茄子が食べたかった。しかも焼きなす。これもスーパーには売ってあるのだが買わずに我慢した。また、これ以外にも節約のためにいろいろな工夫をした。たばこは葉っぱとフィルターを別々に買ってきて手で巻いたり、魚を釣って食べたり、ハンティングに行ってカモやウサギを食べたりもした。

さっそくチキンを頂くことにした。それはもうこの世のものとは思えないうまさだった。しかも高級ビール付き。僕は、お礼に日本茶とスルメでもてなした。

僕の近況報告のほか、他の研修生の近況、過去の研修生の話と話題が尽きない。職員との談笑は、少しの間、僕を辛さから解放させてくれた。彼からのちょっとした励ましの言葉も、僕の胸には響くものがあった。

滞在はわずかな時間だったが、別れはさすがに寂しかった。この一年後に、再び日本人の来客があったのだが、今度は職員ではなく、思ってもいない人が来てくれた。このことについては、また後ほど述べることにする。

四月に入り、ネブラスカでの学課研修を終えた先輩が帰ってきた。見るとカウボーイがシティーボーイになっている。毎晩のように遊んで、学生生活を満喫したらしい。

先輩は僕にネブラスカの話を散々してきた。しかし、こっちとしてはいい迷惑だ。泣きそうな気分だ。今すぐにでもネブラスカに行きたい。それか、このまま帰れるものなら帰りたい。

相変わらず、僕はぎりぎりの精神状態だった。

そのころ、フィードはようやくサドルホースを残すのみとなっていた。冬の間、パスチャーで放牧していた牛(パスチャーに入れるのは若牛のみで、餌を与えるのはこれらだけで、それ以外の親牛などは年中放牧で餌は与えない)は、砂漠に草が生えてきたので完全な放牧に移されたのだ。とりあえずパスチャーでのフィードは次の冬までないが、サドルホースのフィードは年中続く。

これからしばらくは暇な日々が続くはずだった。

そんなある日、ボスがランチから40マイル離れたところに新たに土地を購入したと聞いた。ボスはこのころ、規模拡大路線から設備の充実へと経営転換を図っていた。今回の土地購入も、僻地を売却し、近場の土地を購入し直したものだった。

ある朝、ボスの息子で長男のアイラから電話があった。

「弁当を持ってニュープレイスに来てくれ。」

アイラから電話とは珍しい。

アイラは普段ランチにはあまり顔を出さず、僕らといっしょに働くことはほとんどなく、おそらくカウボーイ(ライディングのことをカウボーイといっていた)にいっているのだろうと思うが、毎日何をしているのか謎な人だった。

ニュープレイスまでは車で50分。これだけの距離があれば仕事を忘れドライブ気分を味わうことができる。

研修生だけでここまで遠くに行くのは異例のことだった。

ニュープレイスはランチとは違い、一帯が平地で、かなたにはツインフォールズの街を臨む。

ここは、以前に誰かがランチを経営していたようだが、引っ越してから時間が経っているのか、すでにかなり荒れ果てていた。僕たちはアイラから言われた、辺りいったいに張り巡らされたフェンスの除去作業、を始めた。

フェンスの除去はバックホーを使い一本一本行っていく。

数日かけてすべてのフェンスを取り除くと、そこには土地本来の姿である”荒野”が広がっていた。

セイジブラッシュと岩だけの荒野。僕はこの土地の使い道は放牧地しかありえないと思っていた。

しかしボスは、なんと、ここを自分たちだけで畑に変えるつもりでいた。

このプロジェクトが決まってから、ニュープレイスにはランチからありったけの重機が運び込まれた。畳4畳分はある廃土板を有したドーザー、油圧ショベル、バックホー、ロードグレーダー、トラクター・・・しかし、どんなに大型の重機を持ち込もうとも、必ず必要になるものがある。それは、人間の「手」だ。そう、これこそが僕たち研修生の仕事だった。

最初のうちは、ボスがここでの仕事の指示を出すのだと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。数日働いていると、アイラとジョーがニュープレイス担当ということが推測できた。この二人がタッグを組めば、研修生がどのような待遇になるか、始める前から目に浮かぶ。この二人はとにかく調子がいい。肉体労働は絶対にやらないのだ。

案の定、彼らが重機を操り、研修生は手作業という彼らの方程式が、毎日のお決まりの光景となった。

荒野を畑に変える手順として、まずやらなければならないのはディスキングだ。これはジョーがやることになった。アイラは遠くの方で機械に乗ったり、街へ買出しに出たりとちょろちょろしている。

ジョーがトラクターで通ったあとは、頭の大きさほどの石や、米俵ほどもある岩がゴロゴロしていた。それらをすべて取り除かないことには、畑にはならない。その石を一個一個拾っていくのが、僕たち研修生の仕事だ。ディスキングしたところにダンプを入れ、ゆっくりしたペースで仕事に取り掛かる。見れば一目瞭然でわかる「これは今年中に終わらないな」。

ダンプの周り、半径10メートルぐらいを目安に石を集めて回り、拾い終わると、また数メートル前進して、同じことを繰り返した。時にはスコップを使い、一個一個丁寧に取り除いていく。一見、腰を悪くしそうな作業だが、この作業に必要なのは体力ではなく、忍耐と根性だ。一日でいったい幾つの石を拾っただろうか。僕は何度も「この石がお金になればな」と、馬鹿げたことを考えた。

今日では、日本でもアメリカでも、当たり前のように田畑が広がっているが、その裏では、過去において数え切れないほど多くの人たちの努力があったことだろう。重機もない時代、木を切り、石や切り株を取り除き、大地を開墾していった。僕はその当時の人となんらかわらない作業をしているのだと思うと、現代社会とはいったい何なのだろうと複雑な心境になった。現代社会とは便利な社会である。土地は開拓するものではなく、まるで地球の誕生とともに、すでにそこに存在していたかのようだ。そして、人々は先人たちの努力をたった一日で水の泡にする。開発と開拓との違いには大きな隔たりがあると思うのだが。

この荒野を畑に変える作業は、とにかく想像を絶することの連続だった。なにしろ、到底日本人には思いつきもしない壮大なスケールなのだから。大岩を取り除くために爆薬まで使った。五月、季節はずれの雪が舞う中、前が見えなくなるほどの暗闇になっても、石拾いを続けた。また、水を引くために、数キロに亘り、両手では抱えきれないほどの太さのパイプを、一本一本繋いでいったりもした。

数ヶ月後、何とかアルファルファの種も蒔き、ピヴォット(Center Pivot Irrigation System)も2基建設し終えたときは感動的だった。何しろ自分たちの手で畑を一個造ったのだから。しかも、とてつもなく巨大なやつを。

この土地は今でも開墾作業が続いているという。一年や二年で畑はできない。僕には忘れられない作業の一つとなった。

(第6回へ続く)

2006年 6月25日掲載
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